年表

CHRONOLOGY

難波宮なにわのみやでどんなことがあったのか確認して
みよう。

年代
難波宮のできごと/日本のできごと
東アジアのできごと

5世紀

6世紀

ヤマト政権が国際港である難波津(なにわのつ)を設け、
大型倉庫群(法円坂(ほうえんざか)遺跡)を建設
難波(なにわ)大郡(おおごおり)小郡(おごおり)三韓館(みつのからひとのむろつみ)難波屯倉(なにわのみやけ)等の
内政・外交施設が置かれる

581

(ずい)の建国

608

600年前後から遣隋使(けんずいし)の派遣が始まる
隋使(ずいし)裴世清(はいせいせい)来朝(らいちょう)、難波で歓迎を受けた

618

唐の建国

632

630年に第1回遣唐使が出発
唐使(とうし)高表仁(こうひょうじん)が来朝、難波で歓迎を受けた

642

高句麗(こうくり)で政変

以後の数年間で百済(くだら)新羅(しらぎ)でも国が乱れる動きが
あり、
日本へも大きな影響を及ぼした

645

大化(たいか)元年]

蘇我本宗家滅亡(そがほんそうけめつぼう)乙巳の変(いっしのへん)

大化改新(たいかのかいしん)が始まり、孝徳天皇(こうとくてんのう)が難波に遷都(せんと)
初めて「大化」の元号を定めたといわれる

650

白雉(はくち)元年]

この頃までに難波長柄豊碕宮(なにわのながらのとよさきのみや)
(前期難波宮)造営開始

652

[白雉3年]

難波長柄豊碕宮が完成

653

[白雉4年]

中大兄皇子(なかのおおえのみこ)ら飛鳥へ遷り、
翌年に孝徳天皇が亡くなる

660

斉明(さいめい)6年]

百済が滅亡

663

天智(てんじ)2年]

白村江の戦い(はくそんこうのたたかい)
唐・新羅連合軍に大敗

667

[天智6年]

大津宮(おおつのみや)へ遷都

668

[天智7年]

高句麗が滅亡

672

天武(てんむ)元年]

壬申の乱(じんしんのらん)、勝利した大海人皇子(おおあまのみこ)が翌年、
飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらのみや)天武天皇(てんむてんのう)として即位

676

[天武5年]

新羅が朝鮮半島を統一

679

[天武8年]

難波に羅城(らじょう)を築く

683

[天武12年]

難波宮を複数の都のうちのひとつとする

686

朱鳥(しゅちょう)元年]

難波宮が全焼

694

[持統8年]

藤原京(ふじわらきょう)へ遷都

710

和銅(わどう)3年]

平城京(へいじょうきょう)へ遷都

726

神亀(じんき)3年]

聖武天皇(しょうむてんのう)が難波宮再建を開始
(後期難波宮)

735・737

天平(てんぴょう)7・9年]

疫病が大流行し、多くの人が死ぬ

740

[天平12年]

恭仁京(くにきょう)へ遷都

744

[天平16年]

難波宮が一時期、皇都(こうと)となる

752

天平勝宝(てんぴょうしょうほう)4年]

東大寺(とうだいじ)大仏開眼供養(だいぶつかいげんくよう)

756

[天平勝宝8歳]

孝謙天皇(こうけんてんのう)難波宮行幸(なにわのみやぎょうこう)東南新宮(とうなんしんきゅう)に入る

784

延暦(えんりゃく)3年]

長岡京(ながおかきょう)へ遷都

難波宮の主要建物を長岡宮に移築

793

[延暦12年]

この頃、難波宮が停止

794

[延暦13年]

平安京(へいあんきょう)へ遷都

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